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2019年1月6日日曜日

お年玉についてボーっと生きてみた。

 年が明けて一週間。
 もうそろそろ、去年の振り返りやお正月ネタが苦しくなってくるころ合い。
 お年玉で潤っているはずの財布の中身に謎の現象が起き始めているころ合いではないかと。

 確かに入っているはずの現金が肉眼で確認できない。
 おかしい、あるはずなのに。
 なぜ目に見えないんだ。

 それは宇宙の真理が財布に感化されたからなのです。
 宇宙には、確かに存在しているのに誰も確認したものがいない謎の存在がある。
 暗黒物質。
 「ダークマター」と呼ばれる。
 まぁ検索でもしてみたください。

 そもそも「お年玉」の語源をご存じだろうか。
 語源というか、何の略かといった方がいいか。
 当然のように「おとし」と「だま」に分解される。
 「おとし」は「お通し」である。
 一年の最初に突き出される美味しいものであるからして、「おとし」。
 「だま」は、これまた略された言葉になっているので、元に戻さないと意味が通じがたくなっている。
 これが実は、先ほど挙げた「だークまター」なのだ。
 一年の最初に突き出される、確かに存在するのに確認できない(確認できなくなる)存在。
 それが「おとうしダークマター」。
 略して「おとしだま」である。

 ここから、それはどこへ消えてどこで確認できないがあることは間違いない存在に転じたかというところまで発展させる説もなくもない。
 「おとうしダークマター」は「お投資ダークマター」に通じる。
 つまり、投資という形で証券会社に納めてしまったからである。
 わたしの財産は、確かに存在しているはずなのに、具体的にいくらの財産があるのかは掴めない。
 それがダークマターを表現している。
 ・・・
 但し、この説はお正月は証券会社がやってないということから、偽説の疑惑が少なからずあることを添えておこう。

 お年玉について、ボーっと生きてみた。

2018年12月31日月曜日

年の瀬 ☆ ボーっと生きてみよう

 ねえねえ、年末のことを「年の瀬」っていうよね。
 ・・・なんで?

 ・・・・・・ということで、人気企画「ボーっと生きてみよう」の時間になりました。
 や。クリスマスのこの企画時、ブログの数字が普段の倍になったからね。
 人気企画人気企画。

 あの番組に限らず、最近人気の雑学披露系は、諸説ある内容の一つを言いきっちゃっているよね。
 藪医者の回とか、わたしが知っている説と違ってた。
 巫術(祈祷などのおまじない)で怪我や病気を祓う医者は、平常時は効くこともあるが、野外では絶対に役に立たない。
 野外で巫術する医者。
 野巫医者(やぶいしゃ)。
 転じて藪医者。
 歴史に強いゲームメーカーのコーエーの攻略本に添えられたコラムより。

 チコるゲスト。
 チコちゃんvs.林先生とか面白そう。
 逆に、ぼーっとしているが生きてもいないゲスト。
 チコちゃんvs.はに丸王子とか、NHKなら可能なマッチングよね。
 はにゃあ?としのせってなあに?

 とある落語家は言っていた。
 「噺家とフィリピン人は息するように嘘をつく」
 落語畑の方は、三題噺の例もあるように、お題が出て即席でそれらしいことを宣うのが得意。
 万物、有力説はあれども、かならず諸説ある。
 それらしい説を堂々と言いきっちゃえば、(スタッフの調べた範囲のほかに)そんな説もあるかも・・・と、思わせちゃうことも可能かもしれない。

 で。【トシノセ】。

 一年の最初を考える。
 高の原(※高天原ともいう。神道の神々がいるところ)に挨拶をすることで一年は始まる。
 しゃれっ気の強い、江戸っ子は、一年の最初が「タカ」の「ハラ」なら、年末はその逆のことでぃ・・・という発想を持ってくる。
 「タカ」の反対は、相方の「トシ」。
 「ハラ」の反対、腹の反対は「背(せ)」。
 だから、「トシの背」転じて「年の瀬」だ!
 こんな粋な言葉遊びで言い切ったのが起源とされるって寸法。

 まぁ江戸時代にタカアンドトシがブレイクしていただろうかということに気づかれたらバレちゃうけどね。
 南蛮か!





※日記を書くにあたって、念のため裏を取ってみたら・・・。
 「藪医者」という表現は江戸時代以前からあり、「養父の医者」語源説は誤りというデータがあった。
 ・・・で、いろいろな語源サイトでも「巫医」と呼ばれる田舎医師がまじないなどによる怪しげな治療をしていたことに由来する説を推しているようだ。
 チコちゃん・・・ボーっと生きてんじゃねーよ

2018年12月25日火曜日

未来予想 ~ロックを越えて行く~

 ここの日記は、基本mixiの日記の加筆修正版だったりする。
 本家の日記で、ニュースを引用していると、ここの日記はお休みになる。
 日記なのに毎日更新がないのはそんな理由。
 や。まぁ、数字を見るとここも全然読まれていないからこの解説も空しい言い訳なのだけど。
 来年は、ニュース引用の頻度を落とし、ここの日記も増えしていきたいかななんて考える。

 昨日のみたいに、出鱈目説を披露したりね。

 ということで、出鱈目系。
 未来の話。
 ついに「どぶろっく」の下ネタが浅井企画にバレる。
※浅井企画は下ネタ厳禁な社風であり、軽いあいさつ程度の下ネタが収録されたのが発覚しただけでDVD回収とか騒ぎ出すレベルらしい。
 「どぶろっく」は事務所を変えるか、芸風を変えるかの選択に迫られる。
 ・・・
 そして、学習ロックに道を見つけ精進し・・・
 「九九ロック」で小学生のヒーローになる。

 ・・・というところまで思いついたんだけど、オチが思いつかない。
 ・・・・・・
 そういう時は、理不尽に逃げよう。

 下ネタ「どぶろっく」ファンは悲嘆にくれる。
 それを受け「サケロック」が再結成し、夫婦を越えていく。

2018年12月24日月曜日

クリスマスプレゼント考 ☆ ボーっと生きてみよう

 メリークリスマス。

 クリスマスには、プレゼントを贈りあう。
 なぜだろう。
 クリスマスはキリストの誕生日とされている。
 なので、キリストへ贈るならわかる。
 教会にプレゼントを奉納する儀式・・・それがクリスマスというなら話は通る。
 なので、逆に考えた。
 キリストがプレゼントをもらうのではなく、キリストそのものがプレゼントだった。
 神からの授かりもの。
 それが、クリスマス。
 その故事に倣って、母や子へ素敵なものを贈る風習が生まれた。

 欧州の風習は、シルクロードに乗って中国へ至る。
 聖母マリアの授かった逸話は、中国の神話になじみ、その音(おん)から仙女「王西母」の逸話に織り込まれ、年末に贈り物をする習慣が根付く。

 その中国の風習がやがて海をわたり日本に入ってくる。
 神々への感謝の奉納が、やがて暮れに一年お世話になった人への贈答の習慣に変化していく。
 仙女「王西母」の逸話は、その音(おん)を残し「お歳暮」に転化する。

 仰天!お歳暮の起源はユダヤだった!
 

 おあとがよろしいようでテケテン。